冬を越す食料がない

転生した村で、冬を越すための食料が思うように蓄えられず、頭を抱えたことはないだろうか。塩漬けの壺も、氷を貯める室もない。そんな世界でまず頼りになるのが、人類が最初に手にした保存技術、乾燥だ。魚も肉も野菜も、水分さえ抜けば長く保つ。今回は天日干し、陰干し、燻乾という三つのやり方を、異世界で使う前提で解説していく。
なぜ食べ物は腐るのか
そもそも、なぜ食べ物は腐るのだろうか。原因は目に見えないカビや細菌だ。彼らは食材に含まれる水を使って体を作り、どんどん増えていく。増えるときに出す物質が、いやな匂いやぬめり、そして食中毒のもとになる。逆に言えば、彼らが使える水を奪ってしまえば、腐敗の進みかたはぐっと遅くなる。乾燥保存はこの一点を突いた技術だ。
乾燥保存の原理
乾燥保存の考え方は単純で、食材から自由に動ける水を減らすことに尽きる。水分がおおよそ二割前後まで下がると、カビも細菌もほとんど活動できなくなる。生の魚は七割から八割が水分だが、天日の干物でおよそ半分、するめのような素干しでは二割以下まで落とす。ここまで来れば、常温でも長く保存できるようになる。
乾かせばいいわけではない

ただし、とにかく乾かせばよいというわけではない。つまずきやすい敵が三つある。一つ目は生乾き。表面だけ乾いて中に水が残ると、内側から傷んでしまう。二つ目は脂の酸化で、日ざしの強い場所では脂の多い魚や肉が油くさくなる。三つ目は虫やほこりで、開けた場所に食材をさらすと卵を産みつけられることがある。
ポイント
- 生乾き―表面だけ乾いて中が腐る
- 脂の酸化―強い日ざしで油くさく
- 虫やほこり―卵を産みつけられる
天日干し―日光と風で一気に

では三つの方法を見ていこう。まずは天日干し。日光と風の力で一気に水を飛ばす、最も手軽なやり方だ。元手はいらず、乾くのも速い。魚は背開きにして厚みを減らし、野菜は薄く切って並べる。弱点は天気に左右されること、そして脂の多い魚を強い日ざしで干すと、酸化して風味が落ちやすいことだ。
陰干し―ゆっくり質を保つ
二つ目は陰干し。直射日光を避け、風通しのよい日かげでゆっくり乾かす。時間はかかるが、色あせや香りの飛びが少なく、脂の質も保ちやすい。急に乾かさないので、表面だけ固まって中が生のまま残る失敗も起きにくい。薬草や茶葉、上等な干物を作りたいときに向いた方法だ。
燻乾―煙の力も借りる

三つ目は燻乾、いわゆる燻製だ。火のそばで熱を当てて乾かしながら、同時に煙をくぐらせる。煙にはフェノール類やアルデヒド類、それに酸などが含まれ、これが微生物の繁殖を抑え、脂の酸化も遅らせる。乾燥だけでなく煙の力も借りるので、天日では傷みやすい脂の多い肉や魚に、とくに向いている。
風と湿度がすべてを決める
三つの方法に共通する鍵が、気温よりも空気の乾きぐあいだ。まわりの空気がじめじめしていると、いくら日ざしが強くても水は抜けていかない。雨季や梅雨どきは乾燥に向かない。そこで下ごしらえとして塩をふる。浸透圧で水が引き出されて乾きが早まり、塩そのものも微生物を抑えてくれる。
実践①―何を、いつ乾かすか

ここからは異世界での実践編だ。まず考えるべきは、何を、いつ乾かすか。狙い目は漁や収穫の最盛期。一度にたくさん獲れて食べきれない分を、その場で干して冬や遠征に備える。乾物は軽く、かさばらず、腐りにくいので、航海や隊商の携行食としても価値が高い。乾いた季節がある土地ほど、この技術は生きる。
実践②―その世界流の工夫
次に、土地に合わせた工夫を挙げよう。天気の悪い土地なら、天日をあきらめて燻乾の小屋を建てる。塩が手に入るなら必ず下処理に使い、安全の余地を稼ぐ。食材は薄く開いて表面積を増やす。夜は夜露で湿るので取り込み、干し棚は風の通る高い場所に組む。完璧な気候でなくても、やりようはある。
実践③―どれだけ変わるか
効果の程度も見ておこう。乾燥させると重さはおおむね半分から五分の一になり、持ち運びが一気に楽になる。保存できる期間は、生の魚が冷暗所で数日なのに対し、干物で数週間、しっかり乾かした乾物なら数ヶ月から年単位まで延びる。ただし水で戻しても、歯ごたえや風味は完全には元どおりにならない。
実践④―次の一手
乾燥を身につけたら、次の一手は組み合わせだ。塩漬けにしてから干せば、保存性はさらに上がる。魚を煮てから乾かし、カビをつけて熟成させれば、だしの素になる保存食にもなる。燻製小屋を常設すれば冬じゅう肉を加工できる。そして質のよい乾物は、そのまま交易品として現金収入の柱になる。
まとめ

乾燥は、壺も氷室もいらず、水を抜くだけで食料を長もちさせる、最も古くて確実な保存技術だ。天日で手早く、陰干しで上等に、燻乾で脂物を守る。この三つを使い分けられれば、飢えの不安をかなり減らせる。もし異世界に転生したら、まずは軒先に一枚、魚を干すところから始めてみてほしい。
参考・出典
- The preservation of fish by curing (drying, salting and smoking)(国際連合食糧農業機関(FAO))
- Food preservation - Drying and dehydration(Encyclopaedia Britannica)
- 特集 乾物(aff 2019年2月号)(農林水産省)