一晩で糸が尽きる工房

むかしの機織り小屋を覗いてみましょう。糸車がひとつ、こつこつと糸を紡いでいます。でもすぐ隣の織り機は、あっという間にその糸を使い果たしてしまう。糸を紡ぐ速さが、布を織る速さにまったく追いつかないのです。今日はその壁を打ち破った発明、ジェニー紡績機のお話です。
飛び杼が生んだ糸不足
十八世紀のイギリスでは、飛び杼という道具のおかげで機織りが一気に速くなりました。ところが紡ぎ手は相変わらず糸車ひとつで一本の糸しか作れません。織り手が仕事を終えても糸の在庫がまったく追いつかず、工房はいつも糸不足に悩まされていたのです。織る速さと紡ぐ速さの差をどう埋めるかが、当時の織物産業いちばんの課題でした。
登場、ジェニー紡績機

そこで登場したのが、一七六四年ごろイギリスの職人ジェームズ・ハーグリーブスが考えた紡績機、通称ジェニーです。糸車ひとつで紡げる糸は一本きり、という長年の常識をくつがえし、たった一人の手で何本もの糸を同時に紡げるようにした画期的な機械でした。
仕組み:糸を同時による
仕組みはこうです。何本もの紡錘を横一列に並べ、一つの車輪から紐で駆動を伝えます。原毛をはさんだ枠を手前にゆっくり引きながら車輪を回すと、枠の中で複数の糸が同時によられていく。片手で枠を動かし、片手で車輪を回すだけで、これまで何人分もかかっていた作業が一人でこなせるようになったのです。
紡錘は最大80本超
最初のジェニーは紡錘が八本でした。それだけで、糸車一台のときの八倍の糸が同時に紡げます。その後の改良でおよそ十六本、さらに数十本と紡錘の数は増えていき、最盛期には八十本を超える紡錘を積んだ大型機まで登場しました。紡ぎの生産力は、わずか数年で桁違いに伸びていったのです。
経糸には使えない
ただし万能ではありません。ジェニーで紡いだ糸は撚りが弱く、たてに強い力がかかる経糸には不向きでした。使えたのは横に通す緯糸だけです。丈夫な経糸は、依然として熟練した紡ぎ手の手仕事や、別の機械の登場を待つしかなく、ジェニーだけでは布づくりを完結できませんでした。
職人たちの反発

急に生産力が増えれば、仕事を奪われると恐れる人も出てきます。イギリスのある町では、紡ぎ手の職人たちが怒ってジェニーを次々に壊してしまい、発明者は町を追われることになりました。新しい道具を広めるには、技術だけでなく、それを使う人々の不安にも向き合う必要があったのです。
異世界の工房でどう使うか

さて、あなたが異世界の織物工房を任されたとしましょう。糸が足りず注文をさばけない村なら、ジェニー式の紡績機はまさに狙い目です。糸車を何台も増やすより、少ない人手のまま紡ぎの生産量だけを一気に底上げできるのが、この発想の強みです。
導入の条件
導入には木工の技術者と、車輪や歯車を扱える職人が必要です。木材と紐、糸車の基本構造さえあれば作れるので、鍛冶場や水車ほどの大きな設備投資は要りません。ただし原毛の仕入れ先が細ければ、せっかく紡いだ糸が余ってしまうので、そこは事前に確かめておく必要があります。羊毛やアマ、どんな繊維が調達できるかを先に見極めましょう。
小さく試す工夫
いきなり八十本の大型機を目指す必要はありません。まずは紡錘四本程度の小型機を一台作り、既存の糸車と並行して使いながら扱いに慣れるのが現実的です。壊れた部品は木工職人がその場で直せるので、村の技術水準や人手に合わせて、少しずつ育てていくことができます。
生産量はどれくらい伸びるか
紡錘八本の小型機でも、紡ぎ手一人あたりの生産量はおよそ八倍になります。村の織り手が十人いるなら、紡ぎ手はこれまでの数分の一の人数で追いつくようになり、浮いた人手を織りや染め、あるいは別の仕事へ回せるようになるでしょう。
次に挑む一手
紡ぎの目処が立ったら、次は水車の力で紡錘を回す仕組みや、丈夫な経糸も紡げる改良型へ挑戦する番です。紡ぎと織りの両方をまとめて量産できるようになれば、村の工房はやがて大きな工場のような分業の仕組みへと育っていくはずです。ジェニーは、その最初の一歩にすぎません。
まとめ

一人一本だった糸紡ぎを、一人で何本もへと変えたジェニー紡績機。小さな工夫の積み重ねが、生産力を桁違いに押し上げる好例です。もし異世界で布不足に悩んだときは、紡錘を並べて同時に紡ぐという、この発想をぜひ思い出してみてください。
参考・出典
- Spinning Jenny (education resource, Specification C210/11)(The National Archives (UK))
- James Hargreaves | Biography, Invention, & Facts(Encyclopaedia Britannica)
- Model of James Hargreaves 1770 Spinning Jenny(Smithsonian National Museum of American History)