世界初の先物市場

もしあなたが異世界に転生して、米で年貢(ねんぐ)をおさめる国の商人になったとします。米の値段は、豊作の年にがくんと下がり、ききんの年にははねあがる。この値くずれとの戦いに、江戸時代の日本人が出した答えが、世界で初めての先物(さきもの)市場、大坂の堂島米会所(どうじまこめかいしょ)でした。
米という財産の弱点
米で年貢が入るしくみには、弱点がありました。おさめる側の収入は、そのときの相場まかせ。なのに支出は一年じゅう、しかも現金で出ていきます。豊作なら米はあまって値が下がり、蔵に置けば火事や虫の害の危険もある。米という財産は、持っているだけで少しずつ目べりしていくのです。
米が大坂に集まる

そこで各地の大名は、年貢米を天下の台所と呼ばれた大坂へ運びこみました。川ぞいにならぶ蔵屋敷(くらやしき)に米を納め、そこで売りさばいて現金に変えるのです。日本じゅうの米が一か所に集まったことで、大坂には巨大な米の市場と、だれもが参考にする値段の基準が生まれました。
米切手というしくみ
蔵に米を納めると、蔵屋敷は米切手(こめきって)という証書を発行しました。これは、持ってくれば米と引きかえますという預かり証です。人々は重い米俵のかわりに、軽い紙の切手を売り買いするようになります。米そのものを動かさずに、所有権だけがすばやく行き来しはじめました。
未来の米を今売る

大名には、もう一つ切実な事情がありました。参勤交代(さんきんこうたい)や普請(ふしん)で、いつも先に大金が要る。そこで、まだ収穫していない秋の米を、春のうちに売る約束をして、代金を先に受け取ったのです。これが、未来の米を今売るという発想の始まりでした。
帳合米商い
この、先に値段を決めておく取引を、大坂ではさらに進めました。帳合米商い(ちょうあいまいあきない)と呼ばれるやり方です。米は一切受け渡さず、決めた値段と期限だけを約束する。期限が来たら、そのときの相場とくらべて、上がり下がりの差額(さがく)のお金だけをやりとりします。
全国の値段の物差し

堂島の米会所には、千人をこえる米仲買(こめなかがい)が集まり、朝から立ち会いでどなり合いました。火縄(ひなわ)が燃えつきると取引が締め切られる、はげしい場です。ここで決まる米の値段は飛脚(ひきゃく)で全国へ伝えられ、あらゆる商いの物差しになりました。
市場を支えるルール
この市場を成り立たせるため、こまかいルールが決められていました。取引するのは建物米(たてものまい)という、ただ一つの標準の銘柄。期限は春夏秋の年三期で、期限内にかならず反対売買で手じまいする。参加者は敷銀(しきぎん)という保証金を会所に預け、支払いは会所がまとめて保証しました。
旗振り通信

決まった値段を、少しでも早く知りたい。その求めにこたえたのが、旗振り通信(はたふりつうしん)でした。山の上に人が立ち、大きな旗を振って米価を次の山へ伝えていく。大坂から京都までわずか数分、遠くは岡山や和歌山まで、電信もない時代に相場が飛んでいったのです。
シカゴより百十八年早い
堂島の先物市場は、幕府にたびたび禁止されながらも復活し、1730年についに公認されました。アメリカのシカゴに同じような商品取引所ができるのは1848年。大坂の商人たちは、それより百十八年も早く、近代的な先物取引を動かしていたことになります。
転生先での使いどころ

ここからは実践編です。あなたが転生先で、ある領主の財政を任されたとします。年貢の米はまだ畑にあるのに、城の修理代は今すぐ払わなければいけない。そんなとき先物を使えば、秋の米を今の値段で売る約束をして、必要な現金を先に手当てできます。
興すための前提
ただし、この市場はどこにでも作れるわけではありません。まず取引が一つの町に集まっていること。信用できる倉庫と、その預かり証。差額を記録する帳簿と、それを保証する役所。約束を破った者を裁くしくみ。そして、品質と量をそろえる共通の物差しが要ります。
その世界流に小さく始める

その世界流の工夫は、小さく始めることです。いきなり差額決済にせず、まずは米をかならず渡す先渡し契約から。相手は顔の見える範囲にしぼり、保証金は厚めに取る。効果は、値段のぶれをならして、領地の予算を立てやすくすること。ただし読みちがいで損する年も、当たり前にあると考えておくべきです。
次の一手と注意
先物がうまく回り出したら、次の一手が見えます。遠くへ送金する為替(かわせ)手形、相場を運ぶ通信網、米以外の産物の取引所。金融のしくみが広がっていきます。ただし忘れてはいけません。先物は米そのものを増やしはしない。行きすぎた投機(とうき)は、手じまいの期限と保証金で、しっかり抑えることです。
参考・出典
- futures (finance)(Encyclopaedia Britannica)
- 堂島米市場の歴史(大阪堂島商品取引所)
- 近世大坂堂島米市場に関する研究(日本銀行金融研究所)