あなたは干上がりかけた村の差配役になった

あなたは、川下にひろがる村々の差配役に着任しました。着いたのは雪どけのころ。ところが用水路をのぞくと、水は底を細く流れているだけでした。去年の秋、川上の隣の領が、新しい取り入れ堰を築いたのです。田に水が回らなければ、村は年貢を納められません。堰は壊せず、兵も出せない。さて、あなたならどうしますか。
田植えどきの二十日だけが勝負の川

舞台は、山を出た川がひろげてつくった、扇のような土地です。川上の村までは一里半ほど。雪どけの水がどっと出るのは春の一月あまりで、夏の雨は夕立に偏り、あてになりません。つまりこの川は、一年じゅう豊かなのではなく、田植えどきの二十日だけが勝負という川です。その二十日の水を、いま上で半分取られています。
ポイント
- 山から出た川がつくった扇状の土地
- 川上の村まで一里半
- 水が要るのは田植えの二十日に集中
二百四十戸と、千二百枚の田

村は五つの集落をあわせて二百四十戸、およそ千百人。田は全部で千二百枚あり、そのほとんどが米です。ほかに川べりの畑で麦と大豆をつくり、山では炭を焼きます。年貢は米で納める決まりですから、田が干上がることは、そのまま村が立ちゆかなくなることを意味します。逃げ出す家が出れば、残る家の負担がさらに重くなります。
去年の秋、上流に石積みの堰ができた

川上の村は去年の秋、石を積んだ取り入れ堰を築きました。川を斜めにせき止めて、自分たちの用水路へ水を流し込む造りです。悪気があるわけではありません。向こうも新しい田を開いて、増えた人を養おうとしただけです。抗議に行くと、こう返されました。あの堰は我が領の内にある。領境の向こうの理屈は、こちらには届きません。
課題 三年で五百枚の田をよみがえらせる
達成条件を数字で置きましょう。堰ができる前は、千二百枚の田すべてに水が回っていました。いまは七百枚どまりで、五百枚が干上がります。三年で、この五百枚をゼロに戻す。これが一つ目の条件です。そしてもう一つ、両方の村から怪我人を一人も出さないこと。水争いは、勝っても恨みが残れば、翌年また同じことが起きます。
禁じ手 壊せない、攻められない、掘れない
使えない手が三つあります。ひとつ、堰を壊すこと。夜のうちに崩せたとしても、川上に住んでいるのは向こうです。翌年もっと固い堰を積まれて終わります。ふたつ、兵を出すこと。領境を越えれば、それは村の話ではなく戦になります。みっつ、新しい川を掘ること。何里もの水路を通す金も人手も、いまの村にはありません。
ここで一度、止めて考えてみてください

ここで一度、動画を止めて考えてみてください。ヒントは三つです。ひとつ、水が足りないのは一年じゅうではなく、田植えどきの二十日だけ。ふたつ、夜のあいだ、川上の村は田に水を引いていません。みっつ、相手が損をするだけの約束は、どうせ守られません。思いついた手をコメントに書いてから、続きを見てください。
回答例一 争う前に、まず水を測る

ここからが回答例です。最初の手は、争う前に測ることです。これは上水道の水源選びの回でやった考え方の応用で、水は測って初めて計画になります。取り入れ口に目盛りを刻んだ杭を立て、朝と晩、水の高さを一年ぶん書き留めます。あわせて村じゅうの湧き水と、堰より下で流れ込む小川を歩いて数えます。数字のない訴えは、ただの言い分です。
ポイント
- 取り入れ口に目盛りの杭を立てる
- 朝と晩、一年ぶん書き留める
- 湧き水と堰より下の小川を数える
回答例二 夜のあいだの水を溜める
二つ目は、夜の水を溜めることです。これは信玄堤と霞堤の回でやった、水を正面から止めずに受け流すという考え方の応用です。川上の村も、夜は田に水を入れません。日が暮れてから夜明けまでの水は、ほとんど使われないまま流れ去っています。そこで谷筋に溜池を掘り、夜の水を受けて、昼のいちばん要る時刻に配ります。
回答例三 漏らさない、そして拾い直す
三つ目は、水路から漏らさないことと、落ちた水を拾い直すことです。素掘りの水路は、長さや土の質によっては、引いた水の二割から四割を地面に吸われます。底と側面に粘土を張り、継ぎ目に木の樋を通すだけで、この漏れはかなり減ります。さらに上の田から落ちた水を下の水路で受け直せば、同じ水をもう一度使えます。
回答例四 端の田は水の要らない作物へ

四つ目は、田の端を水の要らない作物に替えることです。水路のいちばん奥、もともと水が届きにくかった田を、麦や大豆、そばに切り替えます。ここには割り切りが要ります。麦は米より年貢の値打ちが低く、村の実入りは少し落ちます。それでも、毎年枯らして丸ごと失うより、確実に穫れるほうを選ぶ、という判断です。
回答例五 日を分ける、番水の証文
五つ目が本丸、水の分け方を決めることです。これは契約と担保の回の応用です。田植えどきの二十日だけ、日を分けます。奇数の日は川上、偶数の日は川下。ただし口約束は必ず破られますから、四つを揃えます。書き付けを二通、双方から立てる証人、堰の切り欠きの幅を刻んだ石、そして破ったときの罰を先に決めておくことです。
回答例六 相手にも得をさせ、第三者を立てる

六つ目は、相手にも得をさせることです。これは緩衝国の回でやった、直接ぶつからないという考え方の応用です。川下には水車と市があり、川上の村はそこで粉を挽き、炭を売っています。水を約束どおり分けてくれた年は、その使い賃を安くする。さらに、どちらの領でもない寺を立会人に立てれば、話は村と村の私闘ではなくなります。
回答例七 約束を人ではなく寄合に預ける

七つ目は、約束を人ではなく仕組みに預けることです。これは法治と人治の回の応用です。両方の村から選んだ水番が、月に一度、川端の決まった場所で寄合を開き、揉め事をその場で裁いて記録に残します。スペインのバレンシアには、こうした水の裁きの寄合が千年ちかく続いているといわれます。名主が代替わりしても、この形なら残ります。
順序 三年でどう組み立てるか
では、どれから手を付けるか。一年目は、測ることと漏れ止めです。杭を立てて水を測り、水路に粘土を張る。どちらも金がかからず、村の手だけでできます。二年目の冬、農閑期に溜池を二つ掘り、あわせて番水の証文を結びます。三年目は、水番の寄合を常のものにし、渇水の年の決まりを書き足していきます。
見込める効果と、正直な但し書き
見込める効果です。いま水が回るのは七百枚。一年目の漏れ止めで九百五十枚ほど、二年目の溜池と番水の取り決めで千二百枚に届きます。ただし正直に言えば、雪の少ない年はここまで戻りません。効いてくるのは三年目からで、初めの年に劇的に変わることはない。時間のかかる手ばかりだと、あらかじめ村に伝えておくことです。
落とし穴と、別の解き方

落とし穴が二つあります。溜池は水がよどんで蚊がわき、熱病のもとになります。魚を放し、時どき水を落として干してください。日割りの取り決めも、渇水の年には上が丸取りになります。減った年はたがいに同じ割合で減らす、と先に書き足しておくことです。別の解き方もあります。堰より下の合流点に新しい取り入れ口を作る手。川下の市の権利を譲って水と交換する手。私の答えは一例です。あなたならどう解きますか。コメントで教えてください。
ポイント
- 溜池は蚊がわく 魚を放し時どき干す
- 渇水の年は割合で分ける条項を
- 別解 下流に新しい取り入れ口
まとめ 上流を敵に回さずに水を増やす

まとめます。課題は、川上に堰を築かれて干上がった五百枚の田を、三年で元に戻すこと。打ち手は、測って、夜の水を溜めて、漏れを止めて、日を分けて分け合うこと。そして、その約束を人ではなく寄合という仕組みに預けること。上流を敵に回さずに水を増やす道は、たいてい自分の側に残っています。
参考・出典
- Irrigators tribunals of the Spanish Mediterranean coast(UNESCO Intangible Cultural Heritage)
- Elinor Ostrom - Facts (Prize in Economic Sciences 2009)(The Nobel Prize)
- Irrigation Water Management: Introduction to Irrigation(FAO)
- Irrigation and water-control systems(Encyclopaedia Britannica)