あなたは物価が倍になった領の勘定を預かることになった

あなたは、銀山を抱えた内陸の領で勘定を預かる役に就きました。人口は四万人。ところがこの三年で、銀貨の銀の割合は十分の九から十分の四まで落ち、パンの値は二倍を超えました。先代が、戦の費用を作るために銀を減らした貨幣を刷り続けたのです。倉に銀はもうありません。値段を決めて守らせることもできません。さて、あなたならこの一年でどう物価を落ち着かせますか。
三方を山に囲まれた盆地の領と、細った銀山

舞台は、三方を山に囲まれた盆地の領です。中央の城下町に八千人。周りの谷筋には百二十の村があり、三万二千人が麦と豆と羊で暮らしています。山のひとつに銀山があり、かつては領の稼ぎの四割を出していました。いまは鉱脈が細り、二割まで落ちています。東西に街道が一本抜け、自分たちで作れない塩と鉄は、この道で外から買っています。
ポイント
- 城下町に八千 谷の村々に三万二千
- 銀山の稼ぎは四割から二割へ
- 塩と鉄は街道で外から買う
誰が何で食べているか、そして誰の稼ぎが動かないか

誰が何で食べているかを見ましょう。村の三万二千人は麦を作り、余りを城下の市で売って銭に換えます。城下の八千人は、職人と日雇いの人足が二千、商人と奉公人が千五百、残りが領の兵と役人とその家族です。ここが肝心なところ。兵と役人の俸給は、去年も一昨年も同じ枚数の銀貨のまま。物価が倍になっても、渡される枚数は一枚も増えていません。
ポイント
- 村三万二千は麦を売って銭に換える
- 城下は職人二千 商人千五百
- 兵と役人の俸給は枚数が動かない
三年で何がどれだけ上がったか
いま起きていることを値で見ます。三年前と比べて、パンは二倍と三割、麦は二倍と二割、塩は二倍と六割、鉄は二倍と五割。ところが日雇いの賃金は、一倍と三割にしか上がっていません。この間、銀貨の発行枚数は二倍と二割に増え、銀の割合は十分の九から十分の四へ落ちました。古い良い銀貨は市から消えました。誰も使わず、壺に埋めるか溶かして他領へ持ち出したからです。
課題 一年で物価の上がり幅を一割以内に
達成条件を数字で置きます。これから一年の物価の上がり幅を、一割以内に収めること。いまはひと月に五パーセントずつ上がっていて、このままなら一年で八割上がります。注意してください。倍になった値を元へ戻すのは目標ではありません。それをやると別の災いを呼びます。狙うのは上がるのを止めること。人が来月の値を読めるようにすること、それだけです。
禁じ手 良貨も鋳れない、値段も決められない
使えない手が三つあります。ひとつ、銀を十分に入れた良い貨幣を大量に鋳ること。銀山は細り、倉に銀がありません。ふたつ、値段を決めて守らせること。品物は店先から消え、裏で倍の値で売られます。千七百年ほど前のローマ帝国が最高価格令で試し、失敗しました。みっつ、隣国から銀を借りること。貨幣を三度も薄めた領に金を貸す者はいません。信用はもう使い果たしているのです。
ここで一度、止めて考えてみてください

ここで一度、動画を止めて考えてみてください。ヒントは三つです。ひとつ、物価は、出回るお金の量と、それが回る速さと、売られる品物の量で決まります。ふたつ、なぜ先代は貨幣を薄め続けたのか。その理由を潰さないかぎり、あなたが止めても次の代がまた薄めます。みっつ、いちばん早く倒れるのは額の決まったお金で暮らす人です。思いついた手をコメントに書いてから続きを見てください。
回答例一 打つ前に測る、値の比が病名を教える

ここからが回答例です。最初の手は、打つ前に測ることです。これは、市場価格から経済圏を読む回の応用です。毎週、市の同じ店で、麦と塩と鉄とパンと日雇いの賃金、この五つの値を書き取り、城門の立て札に貼り出します。三か月も続けると値の比が語りはじめます。外から買う塩と鉄だけでなく、この土地で穫れる麦までほぼ同じだけ上がっている。原因は不作ではなく、貨幣の側の病です。
回答例二 その日のうちに鋳造所を止める
二つ目は、鋳造所を止めることです。これは、インフレの仕組みの回の応用です。物価は、出回るお金の量に回る速さを掛け、売られる品物の量で割ったあたりに落ち着きます。品物の量は畑と職人の数で決まるので急には増やせず、回る速さも人の気分しだいです。手が確実に届くのはお金の量だけです。新しい貨幣を刷るのをその日で止める。ただし領の歳入に穴があきます。
回答例三 税の半分を麦で受け、刷る理由を消す

三つ目は、税の受け取り方を変えることです。これは、貨幣納と物納の違いの回の応用です。先代が薄め続けた理由はここにあります。領の税は銭で納めさせる形で、納める枚数は台帳で決まっていた。物価が倍になれば、同じ枚数で買えるものは半分です。歳入が痩せるから、また刷る。そこで村からの税の半分を麦で受けます。麦の値が上がれば領の取り分も一緒に上がり、刷る理由が消えます。
ポイント
- 銭で受けると歳入だけが痩せる
- 半分を麦で受ければ物価と一緒に動く
- ただし倉と荷車と人手が要る
回答例四 目減りを一度だけ認め、品位を担保する

四つ目は、いちばん苦い手です。これは、財政から国の余命を読む回の応用です。出回った薄い貨幣を額面どおりの銀で買い戻す金は、どこにもありません。ならば嘘の額面を守るのはやめます。これからの貨幣は銀の重さで通ると告げ、薄い貨幣九枚が昔の良い貨幣四枚にあたる、という交換の比を公に示すのです。そのうえで新しく鋳る貨幣には銀の割合を刻み、鋳造所の検査を商人組合と神殿に任せます。
回答例五 固定の俸給から先に守り、火種を消す

五つ目は、反乱の火種を先に消すことです。これは、反乱の火種の回の応用です。まず倒れるのは、額の決まった俸給で暮らす兵と役人、手当てで暮らす退役の兵。次が、賃金が一年から二年遅れてしか上がらない日雇いの人足です。この人たちの俸給を、半分は麦で払う形に変えます。あわせて領の倉から麦を少しずつ市へ出し、値の跳ね上がりを抑えます。飢えと税が重なった年に、人は武器を取るのです。
ポイント
- 俸給の半分を麦で払う
- 領の倉から少しずつ市へ出す
- 飢えと税が重なった年が危ない
順序 最初の四か月で決まり、残りは我慢
では、どの順で手を付けるか。最初の二か月で、鋳造所を止め、毎週の値を立て札に貼り出し、俸給の半分を麦に替えます。三か月目と四か月目で、新旧の交換の比を公に示し、銀の割合の刻印と第三者の検査を始めます。五か月目から八か月目で、税の半分を物で受ける形に戻し、村ごとの倉を直します。九か月目から先は、新しいことを何もしません。約束を守り続けることだけが仕事です。
見込める効果と、正直な但し書き
見込める効果です。何もしなければこの一年で八割上がります。鋳造所を止めれば三か月から六か月で勢いは止まり、一年の上がり幅は八パーセントほど、次の一年は三パーセントほどに落ち着く見込みです。ただし正直に言います。倍になった値は倍のままで、下がりません。塩もパンも三年前の値には戻りません。戻るのは値ではなく、来月の値が読めるという、ただそれだけの状態です。
落とし穴と、別の解き方

落とし穴が三つ。ひとつ、銀の割合を一気に昔へ戻すこと。日本でも、貨幣を元の質に戻したとたんお金が足りなくなり、商いが冷え込みました。戻すなら何年もかけて少しずつです。ふたつ、損を負うのは薄い貨幣を握る庶民です。裕福な者はとうに土地と品物に替えています。みっつ、立て札の数字を途中でやめると噂が勝ちます。別解は、隣領の信用ある銀貨を通用させる手や、手形と帳面で取引を回す手。あなたなら、どう立て直しますか。コメントで教えてください。
ポイント
- 一気に戻すと金が足りず商いが冷える
- 損を負うのは薄い貨幣を持つ庶民
- 別解 隣領の貨幣 手形と帳面
まとめ 貨幣を支えるのは銀ではなく、来年も同じだという信用

まとめます。課題は、銀を減らした貨幣で物価が倍になった四万人の領で、一年のうちに上がり幅を一割以内に収めること。打ち手は、値を測って病名を見分け、鋳造所をその日で止め、税の半分を麦で受けて刷る理由を消し、目減りを一度だけ正直に認め、額の決まった俸給から先に守ること。貨幣を支えているのは金属の重さだけではありません。来年も同じ重さだと信じられること。その一点なのです。
参考・出典
- Gresham’s law(Encyclopaedia Britannica)
- Quantity theory of money(Encyclopaedia Britannica)
- Diocletian(Encyclopaedia Britannica)
- 日本貨幣史(日本銀行金融研究所 貨幣博物館)