硬貨が重すぎる世界に立つ

もし君が異世界に転生して、商人として身を立てることになったとする。だが困ったことに、この国のお金は銅や鉄でできた重い硬貨しかない。少しまとまった仕入れをするだけで、支払いの硬貨は牛車いっぱいの重さになってしまう。今日は、この重さの問題を紙で解決した、世界で初めての紙のお金、交子、こうしの話をしていく。
鉄の硬貨という重荷

昔の中国、宋の時代も同じ悩みを抱えていた。とくに西の四川では、国の決まりで鉄の硬貨しか使えなかった。記録によれば、絹の反物をひとつ買うのに、鉄銭がおよそ六十キロ以上も必要だったという。大きな取引のたびに荷車と護衛を用意していては、商売がまるで前に進まない。
ポイント
- 四川は鉄銭の使用を義務づけられた
- 絹の反物ひとつに鉄銭約60キロ
- 運ぶだけで荷車と護衛が要る
預かり証という発想

そこで四川の商人たちは、うまいやり方を思いついた。客から硬貨や絹を預かり、その代わりに、預かった額を書きこんだ紙の証書を渡す。この証書を持ってくれば、いつでも預けた分の硬貨に引き換えられる。やがて人々は、重い硬貨を動かさず、この紙そのものをやり取りして支払いを済ませるようになった。
交子が回るしくみ
流れはこうだ。まず両替所に硬貨を預けて、証書を受け取る。買い物の支払いには、硬貨ではなく、その証書を渡す。証書は人から人へと渡り歩く。そして最後にそれを受け取った人が、両替所へ持っていって硬貨に換える。四川では十六の大きな商家が手を組み、証書の形式をそろえて発行していた。
紙が価値をもつ理由
ただの紙きれがお金として通用したのは、二つの支えがあったからだ。ひとつは、いつでも本物の硬貨に換えられるという約束。もうひとつは、発行元がその約束を必ず守るという信用。引き換えのときには、手数料として額面の三パーセントほどが差し引かれた。それでも、重さから解放される値打ちのほうがずっと大きかった。
政府が発行を引き継ぐ
ところが、商家の中に約束を守れず倒れるところが出てきて、もめごとが増えた。そこで政府が発行を引き取ることにする。西暦千二十三年、四川に交子を専門に扱う役所が置かれ、翌千二十四年、政府による最初の紙のお金が発行された。これが、国が公式に発行した世界で最初の紙幣だとされている。
刷りすぎを防ぐ工夫
政府はさらに、刷りすぎを防ぐしくみを入れた。発行を数年ごとの期に区切り、期が変わると古い札を新しい札に交換させる。これを界、かいと呼ぶ。そして、発行した額のおよそ三割にあたる硬貨を、引き換え用の準備としてつねに手元に置いた。紙の量と、裏づけの硬貨の量を、結びつけて管理したわけだ。
刷りすぎて崩れる
だが、この規律はやがて破られる。戦費が足りなくなった政府は、準備の硬貨を増やさないまま、札だけを大量に刷った。裏づけを失った紙の価値は坂を転げるように落ち、額面が千文の札が、実際には百数十文でしか通らなくなった。名前を銭引、のちに会子と変えても、刷りすぎるたびに同じことが繰り返された。
実践①どこで使うか

ここからは異世界での実践編だ。まず使いどころ。紙のお金がいちばん効くのは、隊商による遠くの町との取引、それに領主へ納める税の支払いだ。倉に蓄えた硬貨や穀物を裏づけにして、その預かり証を発行する。重い現物をいちいち動かさずに、大きな金額を安全に運べるようになる。
実践②入れるための条件
導入の条件は五つある。皆が信用する発行元がいること。引き換え用の準備がそろっていること。持ちこめば必ず現物を返すと約束できること。版木や複数の印で偽造を防げること。そして、はじめは一つの町や谷など、狭い範囲から始めること。このどれかが欠けると、紙は信用されずに終わる。
実践③その世界流の工夫
その世界流の工夫はこうだ。いきなり通貨を作らず、まず倉庫に預けた穀物や塩の預かり証から始める。発行は界で区切り、数年ごとに札を入れ替えて量を締める。引き換えには少しの手数料を取り、運営の費用にあてる。準備は額面の三割では心もとないので、半分以上を目安に厚く積んでおく。
実践④効果の程度と次の一手
効果の程度を見てみよう。同じ金額を運ぶのに、六十キロの硬貨が、わずか数グラムの紙一枚に置き換わる。市の立つ町なら、数年でこの紙が根づくだろう。刷る量を準備の範囲に抑えているかぎり、額面どおりに通り続ける。うまく回りだしたら、次は組合どうしの決済、遠隔地への為替手形、そして中央の発行所へと広げていける。
まとめ

まとめよう。世界初の紙のお金、交子は、重い硬貨を両替所の預かり証に置き換える発想から生まれた。支えているのは、いつでも本物に換えられるという約束と、それを守る信用だ。異世界で使うなら、狭い範囲で、厚い準備とともに小さく始めること。そして、裏づけを超えて刷れば、紙の価値は必ず崩れる。この一点だけは忘れないことだ。
参考・出典
- The Economic Revolution — Money and Trade (Song Dynasty China)(Asia for Educators, Columbia University)
- The Rise and Demise of Paper Money in Imperial China(Hoover Institution, Stanford University)
- money — History of paper currency(Encyclopaedia Britannica)
- First paper money(Guinness World Records)