あなたは熱病が入った城塞都市の領主代行になった

あなたは、川沿いの城塞都市の領主代行になりました。市壁の内に一万二千人。稼ぎの柱は、川の港に着く船と、毎朝開く市場です。ところが南から来た船が着いて十日、港の倉の街で熱病が出はじめ、死者は週ごとに増えています。薬はなく、医者も匙を投げました。市門を閉じれば食料が三週間で尽き、病人を追い出せば街の信用が死にます。さて、あなたならどう守りますか。
大河の中流に築かれた壁の街と、中州の修道院

舞台は、大河の中流に築かれた城塞都市です。市壁には陸の門が三つ、川に面して港が一つ。上流と下流を行き来する船が、南の穀物と布、北の毛皮と鉄を運び、週に二十隻が着きます。壁の外には、歩いて一日の圏内に四十の村があり、毎朝、野菜と乳と薪を市場へ運んできます。川の中ほどには中州があり、いまは使われていない古い修道院が建っています。
ポイント
- 陸の門が三つ 川の港が一つ
- 週に二十隻 一日圏に四十の村
- 川の中州に空いた修道院
一万二千人の街は、毎日を村と船で食べている

街の一万二千人のうち、港で荷を担ぐ人足と船頭が千五百、商人と職人が三千、あとは家族と、修道院と役所の人々です。穀物倉には三週間分しかありません。街は毎日、村から来る食べ物と、船が運ぶ穀物で食べているのです。市の稼ぎの七割は港の関税と市場税。門を閉じれば、腹も財布も同時に空になります。
ポイント
- 人足と船頭千五百 商人と職人三千
- 穀物倉は三週間分だけ
- 稼ぎの七割は関税と市場税
倉の街から、死者が週ごとに増えている
いま起きていることを数字で見ましょう。南の船が着いてから十日後、倉の街の人足が最初に倒れました。一週目の死者は六人、二週目は三十人、三週目は百十人。病人は倉の街と、船頭たちが泊まる宿に固まっています。三十年前、隣の都市を同じ熱病が襲ったときの記録では、住民の三人に一人が亡くなりました。まだ街は動いていますが、崖のふちです。
課題 死者を十人に一人以下に、市場と港は止めない
達成条件を数字で置きます。何もしなければ、記録のとおり三人に一人が亡くなります。これを十人に一人以下に抑える。人口一万二千なら、千二百人より少なくということです。あわせてもう一つ、市場と港を一日も閉じないこと。荷が半分に落ちるのは構いませんが、止まった街は食べられず、稼ぎもなくなり、流行のあとも立ち直れないからです。
禁じ手 閉じられない、追い出せない、待てない
使えない手が三つあります。ひとつ、市門をすべて閉じる全面封鎖。食料は三週間で尽き、飢えは熱病より確実に人を殺します。ふたつ、病人を壁の外へ追い出すこと。街を食べさせている村々に病を配ることになり、しかも次からは誰も病人を届け出なくなります。みっつ、薬や名医の到着を待つこと。この病に効く薬はこの世界にありません。残るのは、流れを止めずに病だけを分ける道です。
ここで一度、止めて考えてみてください

ここで一度、動画を止めて考えてみてください。ヒントは三つです。ひとつ、港は閉じなくても、遅くはできます。ふたつ、病人を隠さず届け出させるには、届け出た人が損をしない仕組みが要ります。みっつ、地図は病の原因ではなく、病のいる場所を教えてくれます。そして、飢えと噂は熱病より先に街を壊します。思いついた手をコメントに書いてから、続きを見てください。
回答例一 港を閉じずに、中州で遅らせる

ここからが回答例です。最初の手は、港を閉じずに遅くすることです。これは、交易と疫病の伝播の回の応用です。着いた船は港に横付けさせず、中州の古い修道院に泊めます。荷は中州で降ろして風に当て、船乗りは三十日待ってから街へ入れる。ラグーザが十四世紀に始めた検疫も、この三十日から出発しました。倉には猫を放ち、ネズミを減らします。荷は遅れますが、止まりません。
回答例二 追放ではなく、街の費用で分ける

二つ目は、壁の内で病人と健康な人を分けることです。これは、隔離と検疫の回の応用です。病人は倉の街のはずれの救護院に移し、市の費用で食事と世話をつけます。同じ家の人は二週間、家に留め置き、食料を戸口まで届けます。肝心なのは、届け出た家が損をしないこと。隔離が罰になった瞬間、人は病人を隠し、病は地下に潜ります。追放ではなく、街の費用で養うのです。
ポイント
- 病人は救護院へ 市の費用で世話
- 同居の家は二週間 食料を戸口へ
- 届け出た家が損をしない仕組み
回答例三 地図を描き、閉じるのは二本の通りだけ

三つ目は、地図を描くことです。これは、コレラとスノウの疫学地図の回の応用です。毎朝、病人と死者の出た家を一軒ずつ地図に点で打ちます。すると点は、倉の街と、船頭の宿が並ぶ二本の通りに固まっていると分かります。街全体を閉じる必要はありません。その二本の通りだけを柵で区切り、宿を閉め、区画に食料を運びます。地図が教えるのは原因ではなく場所。それで十分なのです。
回答例四 家ごとの行動計画と、日付の入った数字
四つ目は、家ごとの行動計画と情報です。これは、疫病流行時の行動計画の回の応用です。外へ出られる人には、早く遠くへ行き、長く戻らないよう告げます。ただし病人の出ていない家に限り、今週のうちに、病の出ていない村まで。残る家には籠城の三か条、接触を絶ち、水と食料を蓄え、体調を毎日確かめる。役所は毎日の死者の数を市門に張り出し、近隣の町と使いを交わします。噂に勝つ唯一の武器は、日付の入った数字です。
回答例五 飢えと税と宗教の火種を先に消す

五つ目は、反乱の火種を先に消すことです。これは、反乱の火種の回の応用です。火種は飢えと税と宗教。村人が街に入るのを怖がって市場が細れば、パンの値が跳ねます。そこで市を門の外の広場に移し、村人は壁に触れずに売って帰れるようにし、市場税はこの季節だけ免じます。仕事を失った人足は、市の費用で墓掘りと荷運びに雇います。司教には救護院を修道士に任せ、神罰でも毒でもなく、分ければ収まると説いてもらいます。
順序 八週間と、終わりを決める四十日
では、どれから手を付けるか。最初の一週間で、地図を描き始め、救護院を開き、中州を検疫の泊まり場にし、死者の数を張り出します。二週目から四週目で、市を門の外へ移し、二本の通りを区切り、人足を雇います。五週目から八週目が山場です。新しい手を打つより、届け出と食料の配達を切らさないことに徹します。新しい病人が出なくなって四十日たったら、柵を外し、港を平時に戻します。
見込める効果と、正直な但し書き
見込める効果です。何もしなければ、記録のとおり三人に一人、およそ四千人が亡くなります。打ち手をすべて打てば、死者は十人に一人前後、うまくいけば二十人に一人に抑えられる見込みです。十七世紀のローマは厳しい隔離で死者を人口の一割ほどにとどめ、同じ年のナポリは半分近くを失ったと言われます。ただし隔離が死者をゼロにすることはありません。流行は三か月から四か月続き、港の荷は半分、市の稼ぎは三割減ります。
落とし穴と、別の解き方

落とし穴が三つ。救護院の食事を切らすと、そこは死にに行く場所になり、人はまた病人を隠します。柵で区切った通りには必ず抜け道と闇の市が生まれます。番人より先に食料を届けること。流行が終わると人手が減って賃金が上がります。ここで賃金を法で押さえると次の反乱の火種になります。別解もあります。街を区ごとに分けて区長に見回らせる手。市の船で上流から穀物を直に運ぶ手。私の答えは一例です。あなたならどう守りますか。コメントで教えてください。
ポイント
- 救護院の食事を切らすと病人が隠れる
- 柵の通りには抜け道 番人より先に食料
- 別解 区ごとの見回り 市の船で穀物
まとめ 病を防ぐのは壁ではなく、分ける仕組み

まとめます。課題は、熱病が入った一万二千人の城塞都市で、死者を十人に一人以下に抑え、市場と港を止めないこと。打ち手は、港を閉じずに中州で遅らせ、病人を追放ではなく街の費用で分け、地図で場所を絞り、日付入りの数字で噂を抑え、飢えと税と宗教の火種を先に消すこと。壁は敵を防ぐためにあります。病を防ぐのは壁ではなく、分ける仕組みと、街を食べさせ続ける知恵です。
参考・出典
- History of Quarantine(U.S. Centers for Disease Control and Prevention)
- Black Death(Encyclopaedia Britannica)
- John Snow(Encyclopaedia Britannica)
- Peasants’ Revolt(Encyclopaedia Britannica)