金貨を遠くへ運ぶという難題

転生してひと財産を築き、遠くの街へ商いに出ようとしたとき、最初の壁は金貨の運び方です。革袋に詰めた金貨は重く目立ち、盗賊や海賊の格好の獲物になります。この難題を一枚の紙で解いたのが、中世の商人たちでした。今日はその仕組みを、転生先でも使える形で見ていきます。
現金輸送の弱点を整理する
まず現金を持ち運ぶことの弱点を整理します。硬貨はかさばって重く、長距離を運ぶほど護衛の費用がふくらみます。道中で襲われれば全財産を一度に失い、船が沈めば海の底です。さらに街ごとに通貨が違えば、着いた先で両替の手数料も取られます。
為替手形とは何か

そこで生まれたのが為替手形(かわせてがた)、お金を別の場所で受け取るための指図書です。ある街で両替商に現金を預けると、遠くの街の提携先で同じ額を払い戻す、という証書を書いてもらえます。運ぶのは重い金貨ではなく、折りたためる紙一枚で済むようになったのです。
ポイント
- お金を別の場所で受け取る指図書
- 現金は地元の両替商に預ける
- 運ぶのは紙一枚だけ
手形が回るしくみ
手形には、ふつう四者が登場します。手形を書いてもらう振出人(ふりだしにん)、現地でお金を渡す受取人、そして二つの街それぞれにいる、提携した両替商です。振出人が地元の両替商に払い込むと、その両替商が遠くの相方あてに、この人に払え、と書いた手形を渡します。受取人はそれを相方の店へ持ち込み、現金を受け取ります。
フィレンツェからブルッヘへ
具体例を見ましょう。フィレンツェの商人が、ブルッヘで羊毛の代金を払いたいとします。商人はフィレンツェの銀行に金貨を預け、ブルッヘ払いの手形を受け取ります。数週間後、その手形がブルッヘに届くと、現地の提携銀行が羊毛商にお金を渡します。金貨はアルプスを越えず、フィレンツェの金庫に留まったままです。
中世イタリア商人が育てた
この仕組みを育てたのは、中世イタリアの商人たちです。十二世紀から十三世紀、フランスのシャンパーニュ地方で開かれた大市(おおいち)に、ヨーロッパ中の商人が集まり、決済をまとめる慣行が発達しました。やがてフィレンツェやジェノヴァの銀行が、手紙の形をした手形を各地でやり取りするようになります。
利子禁止の抜け道でもあった
為替手形には、もう一つ大事な役割がありました。当時の教会は、お金を貸して利子を取ることを厳しく禁じていました。ところが、通貨の違う二つの街のあいだでお金をやり取りする為替取引は、両替であって貸付ではない、とみなされたのです。銀行は為替相場の差の中に手数料と利息をそっと織り込み、禁を犯さずに稼ぐことができました。
裏書で手形が旅をする
時代が下ると、さらに便利な工夫が加わります。手形の裏に、次の受取人の名を書き添える、裏書(うらがき)です。これにより一枚の手形が、AからB、BからCへと、支払いのたびに人から人へ渡り歩けるようになりました。手形そのものが、ほとんど紙のお金のように流通しはじめたのです。
信用が崩れれば紙きれになる

便利な一方で、為替手形は信用の上に成り立つ約束にすぎません。遠くの提携先が倒産していたり、そもそも振出人に金を払う気がなければ、手にした証書はただの紙きれです。この不渡りに備え、商人たちは取引相手の評判を細かく調べ、信用できる相手としか手形を交わしませんでした。
転生先での使いどころ

ここからは、転生先での使い道を考えていきましょう。まず恩恵が大きいのは、遠隔地をまたいで商いをする隊商の主です。仕入れ代金を現金で運ぶ必要が消え、護衛を減らせます。都へ税を納める領主、遠征に出る冒険者、留学のために大金を持たせたい親なども、手形があれば身軽に動けます。
導入に必要な前提
ただし、手形の仕組みを回すにはいくつか前提が要ります。少なくとも二つの街に、信用できる代理人か組合の拠点があること。誰にいくら払ったかを正確につける帳簿と、手形を運ぶ定期便があること。この三つが欠けていると、手形はうまく機能しません。まずは信頼できる相方を一人見つけるところからです。
ポイント
- 二都市以上に信用できる拠点
- 正確な帳簿
- 手形を運ぶ定期便
その世界流のアレンジ

一から銀行網を作るのは大変ですが、工夫の余地はあります。既にある商人ギルドや寺社の連絡網に相乗りさせてもらい、その信用を借りるのです。最初は少額から、顔なじみの相手とだけ試す。手数料は額の一割以内を目安に、はっきり決めておく。小さく始めて信用の実績を積むほど、扱える金額も相手も広がっていきます。
見込める効果の程度
効果の程度も見ておきましょう。現金を長距離運ぶと、護衛や保険、両替でどうしても一割前後は目減りします。手形なら手数料は数パーセントに収まることが多く、何より一度に全額を失う危険がほぼ消えます。ただし提携網の構築には年単位の時間がかかり、すぐに効くわけではない点は忘れないでください。
次の一手とまとめ

手形を使いこなせるようになったら、次は割引(わりびき)へ進めます。支払日前の手形を、額面より少し安く買い取って現金を先に渡す。これはもう銀行の仕事そのものです。紙一枚の遠隔地決済から、金融という大きな仕組みが芽生えていきます。転生先で大きな商いを志すなら、まずは信用できる相方と、一枚の手形から始めてみてください。
参考・出典
- Bill of exchange(Encyclopaedia Britannica)
- Bank(Encyclopaedia Britannica)
- Usury(Encyclopaedia Britannica)
- Medici family(Encyclopaedia Britannica)