硬貨のない世界に立つ

もし君が異世界に転生して、まだ国の硬貨が無い、あるいは硬貨が信用できない土地に立ったとする。持っているのは、荷車いっぱいの毛皮だ。パンが欲しい。けれどパン屋は毛皮をいらないと言う。これでは何も買えない。今日は、硬貨より前の時代に人々が使った、商品貨幣、しょうひんかへいの話をしていく。
物々交換の壁

物々交換には、大きな壁がある。取引が成り立つには、相手が自分の売り物を欲しがっていて、しかも自分は相手の売り物を欲しがっている、この二つが同時にそろわないといけない。欲望の二重の一致、と呼ばれる条件だ。これがなかなかそろわない。そこで人々は、誰もが欲しがるモノを一つ選び、それを仲立ちに使い始めた。
ポイント
- 相手が自分の品を欲しがる
- 自分も相手の品を欲しがる
- 同時にそろわないと取引不成立
良いお金の条件
では、仲立ちに使うモノは、何でもいいわけではない。長くもって腐らないこと。小さく分けられること。持ち運びやすいこと。数が限られていて、誰でも簡単には手に入らないこと。そして、どれも同じ品質で見分けがつくこと。この条件を多く満たすモノほど、お金として使いやすい。
塩というお金

まずは塩だ。塩は、誰の暮らしにも欠かせないのに、採れる土地が限られている。だから昔から、そのまま貨幣として使われた。東アフリカのエチオピアでは、アモレと呼ばれる決まった大きさの塩の板が、お金として通用した。記録によれば、二十世紀の初めごろ、国の税収のかなりの部分が、この塩の板で納められていたという。
ポイント
- 誰にも必要だが産地は限られる
- エチオピアのアモレ塩板
- 税の支払いにも使われた
布というお金

次は布だ。手で織った毛織物や麻布も、広く貨幣として使われた。北の島国アイスランドでは、ヴァドマルと呼ばれる毛織物について、幅と長さ、そして品質までが法律で細かく定められていた。この基準を満たした布は、十一世紀から数百年にわたって、借金や税や寄進の支払いに使える、れっきとしたお金だったんだ。
ポイント
- 手織りの毛織物や麻布
- アイスランドは寸法と品質を法定
- 借金や税の支払いに使えた
家畜というお金

もっと古い時代には、牛や羊などの家畜が、富の物差しそのものだった。ラテン語で、お金を意味するペクニアという言葉は、家畜を指すペクスから生まれている。ただ家畜には弱点も多い。半分だけ支払うことができない。一頭ごとに大きさも質もちがう。世話をしないと死んでしまうし、持ち歩くのも大変だ。
ポイント
- 古代では富の物差しそのもの
- ラテン語のお金は家畜が語源
- 分けられず均質でもない弱点
貝というお金

そして、歴史上もっとも広く使われたのが、タカラガイという小さな貝だ。大きさがそろっていて、じょうぶで、数えやすく、しかも人の手では作れないから偽造もできない。インド洋のモルディブ諸島が主な産地で、そこから遠くアフリカや中国まで運ばれた。古代中国の殷、いんの時代には、すでに貝がお金として流通していた。財産の財、貨物の貨といった字に、今も貝という字が残っている。
ポイント
- 大きさがそろい偽造できない
- モルディブからアフリカ・中国へ
- 財や貨の字に貝が残る
供給が増えると暴落する
だが商品貨幣には、共通の落とし穴がある。急に大量に手に入るようになると、価値が暴落するんだ。十九世紀の西アフリカでは、ヨーロッパの商人が、数十年のあいだに百億個をこえる貝を持ちこんだ。もとのモルディブ産に加えて、ザンジバル産の別の種類まで市場にあふれた。その結果、貝の値打ちは坂を転げるように落ち、やがて通貨として使いものにならなくなった。
実践①何を貨幣に選ぶか
ここからは異世界での実践編だ。まず、何を貨幣に選ぶか。基準は四つ。その土地の誰もが欲しがるものであること。腐らず長くもつこと。小分けにでき、数えられること。そして、近所でいくらでも採れるものは避けること。塩が乏しい内陸なら塩、羊の少ない土地なら毛織物、というように、まわりが困っているものを選ぶのがこつだ。
実践②単位と品質をそろえる
選んだら、次は単位をそろえる。ばらの塩ではなく、決まった重さの塩の板にする。布なら、幅と長さを一定にする。貝なら、決まった数だけひもに連ねて、一連をひとまとまりにする。さらに、領主や商人の組合が、刻印や封をして品質を保証すれば、いちいち量ったり数えたりせずに、そのまま受け渡しできるようになる。
実践③どこまで通用するか
商品貨幣で、どこまでのことができるか。町の日々の売り買い、税や賃金の支払い、それに少額のたくわえは、これで十分に回る。数年もあれば、市場のある町なら一つの基準が根づくだろう。ただし、遠く離れた土地との大口の取引や、何年にもわたる貸し借りには向かない。かさばるし、輸送の途中で値打ちが変わってしまうからだ。
実践④次の一手
商品貨幣で市場が回りだしたら、次の一手が見えてくる。まず、値打ちのぶれない金属を選び、重さと純度を保証した硬貨に打ち直す。次に、その硬貨や、倉に預けた塩や布を裏づけにして、預り証書や為替手形という紙の証文を発行する。こうして、かさばるモノを持ち歩かずにすむ、紙の信用へと進んでいけるんだ。
まとめ

まとめよう。硬貨が無くても、誰もが欲しがるモノを一つ選べば、それがお金になる。塩、布、家畜、貝。どれも、長もち、小分け、持ち運び、そして希少さという条件を、どこかで満たしていた。異世界で使うなら、まわりが困っているものを選び、決まった単位にそろえること。そして、供給が急に増えれば価値は暴落する、この落とし穴だけは忘れないことだ。
参考・出典
- money(Encyclopaedia Britannica)
- The Cowrie Currencies of West Africa Part I(The Journal of African History (Cambridge University Press))
- Vaðmál and Cloth Currency in Viking and Medieval Iceland(Oxford University Press (Silver, Butter, Cloth))
- Shell money(The Conchological Society of Great Britain and Ireland)